いくらコンテナ

小学生のASD(知的の遅れなし)の息子とADHD母との備忘録。怒らない育児に忍耐を強いられるものの、度々決壊してはホワホワ無害系の息子に絆されて怒る気を失くす毎日を綴ります。

息子、もうすぐ7歳

 早いもので、子供を産んでから7年が経とうとしている。

 息子ももうすぐ7歳だ。

 その息子にASDと診断名が出てからはもうすぐ2年が経つが、既に3歳辺りから発達障害児であると確信を持っていたので、家庭療育のようなものを始めてから3〜4年は経つ。

 

 診断名が出るまでは、蕁麻疹や喘息に悩んだり肺炎になったりとストレスからかえらい虚弱で、とんでもなく病院代が嵩んだ。

 そもそも、自分の体調管理がきちんとできていたら、頻繁に病院に御厄介になることはないのだけど、私は元々自分がどれくらい疲れているのかが全く分からないので、産後で弱った体を管理しきれずなるべくして病気になってしまった。

 更に言うと、自分の顔色の変化もよく分からない。

 元々目の下の皮膚が薄いせいで万年クマがあることも理由のひとつだが、産後から鏡を定期的に見る習慣が減ってしまったことも原因だろう。

 そのせいで顔色が悪いことにも気づかず、当時はよくお風呂上がりに脱衣所の鏡に映る真っ白な自分の顔見てはびっくりして、またお風呂に戻ってメイクを落とし直したものだ。

 今思えば、あれは『顔色が悪い』のであって、メイクの洗い残しではないのだが、私は思い込みが激しいこともあって、酷い時にはもう一度メイクを落とすこともあった。

 それでさっぱりして戻ってきては、変わらず真っ白な自分の顔を見て「おかしいな〜」と首を傾げていたのだが、あれで気付かないのだから、当時の私はよっぽど疲れていて頭がどうかしていたのだろう。

 そもそも、私のような自分のことに無頓着な人間は、実母や細かいことによく気が付く友人の近所に住んで貰うべきなのだ。

 両親も義両親も近くに住んでいなければ、育児に追われて友達付き合いもしていない。

 そんな環境で生活しているのに、自分が疲れてることも体調が悪いことも気付けなくて、自分の顔の化粧が落ちてるかどうかも分からないような状態なんだから、そりゃ病気にもなりますわな。

 しかし、そんな状態だった私の今はというと、肌色からしっかりと血色を感じられるようになった。

 鈍感な私から見てものそう感じるのだから、当時いかに顔色が悪かったのかが窺い知れる。

 土気色とか顔面蒼白ってよく言うから、てっきり茶色と青になるものだと思っていたけれど、今になってようやく違いに気付けたのでとても嬉しいのだが、恥ずかしいので誰にも言えない。

 

 身近に身内も友達もいない私だが、そんな私の唯一の心の支えになったのは、とっても寂しいことにTwitterだった。

 とはいえ、特別なことをしたわけでなく、しょっちゅう体調不良を呟いていただけなのだけど、ありがたいことに私には気にかけてくれる友達が存在したのだ。

 声を大にして言いたい、友達がいたのだと。

 そう、リアルではぼっちでもTwitterには長い付き合いのお友達がいるのだ。

 彼女達は、私が凹んでいると慰めてくれたり、時には代わりに怒ってくれたり、一緒に悲しんでくれるだけでなく、具合が悪いのに病院に行かない私を怒る。

 以前、彼女達に怒られて病院に行ったら「実は肺炎でした」という事があったので、あれ以来彼女達には頭が上がらない。

 彼女達自身はどう捉えているか分からないが、私は彼女達をお母さんだと思ってどっぷり甘えさせて貰っている。

 甘えるといっても、あくまでTwitter上のものだけど、それでもしんどい時や具合が悪い時にツイートをすると声を掛けてくれるので、罪悪感なく休養を摂ることができて随分心を救われている。

 

 で、当時一緒に住んでいたはずの元夫はというと、私の顔色を気にすることは一切なかった。

 だけど、それをすごく酷い仕打ちだとは思わない。

 だって、見ていないのだから、当然気付くはずもないのだ。

 多分これは元夫だけではなくて、世の中の大半のお父さん方が嫁の顔色の良し悪しを気にすることができないだろう。

 分かりやすい表情と口調でも、上手く意思疎通を図らなくて離婚する人がいるわけだし。うちもそうだし。

 なので夫が一緒に住んでいるからといって、男手があるという以外は安心はできないということだ。

 ましてや、私の場合は離婚で元夫が転居して物音に怯えない生活が始まって、それからようやく顔色の良し悪しを把握できるようになったので、そもそも男手としても機能していたかどうかは分からないが。

 

 そんなだから、今となっては核家族や密室育児を本当に恐ろしいものだと強く感じている。

 

 そうこうして何年も悩んでようやく、

『なるほどこれが本来の私の顔色なのか』

 と本来の自分の健康な顔色を把握することができたわけなのだけど、なんとそれがつい先日のこと。

 つい先日、ようやく、把握したのだ。

 顔色の良い状態の自分の顔を。

 自分の顔のことを。自分の顔色のことなのに。

 子供を産んで7年も経とうとしているのに、産後の自分の体調管理ができるようになったのつい最近。

 いやー、怖いわ。

 地の文が突然砕けるほど怖い。

 

 そんなこんな紆余曲折あって健康を得たけれども、とはいえ悩みは尽きないもので、今度は鼻の下と眉間の赤みが強すぎて困っている。

 それが原因で、今度はこれまで必要こなかったグリーンのコントロールカラーで部分的に赤みを抑えなければならないのだから、顔色が良いのも場合によっては煩わしく思う。

 それでも、病気がちで医療費が嵩んでいた時期に比べれば、メイクに手間が掛かることなんて些細なことで、「こりゃ困ったねぇ〜」と口を尖らせる程度の呟きで済むのだから、健康であることがいかにありがたいことか考えさせられる。

 

 あっちとあっちとあっちに住む淑女達、甘えさせてくれてありがとう。

生まれたばかりの息子に抱いた違和感と恐怖

説明できない不安と焦燥感

 私が息子を産んだのは、クリスマスを過ぎて数日経った年の瀬のことだった。

 母子同室にも関わらず、夜間子供を預け、病室のベッドで一人泣く年末年始を過ごしたことをよく覚えている。

 本来ならば、母子同室なら子供を夜間預けず、自分で面倒を見るべきで、それが無理でもせめて気持ちだけでも我が子が生まれた喜びを噛み締めるべき時だ。

 無論、私としてもそのようにするつもりではいたのだが、実際はというと、居ても立っても居られないような焦燥感に駆られ、『明日からどうしていけば良いのだろう』と次から次に湧き上がる漠然とした不安を頭の中で整理できずにいた。

 とてもじゃないが、まともに子供の世話ができるような精神状態ではない。

 年末ということもあり、何日かは仕事が休みの夫が日中に来て子供のお世話をしてくれたが(我が子に対して『してくれた』は適切ではないが)、不安や焦燥感は解消されず、むしろ余計に気持ちを沈ませた。

 正体不明の心のざわつきに怯え、何が怖いのかも分からなかった当時を思い返すと、いまだにそのどこかに逃げ出したい気持ちがフラッシュバックして、鳩尾がモヤモヤして喉が締め付けられるように息苦しくなる。

 

育児休暇を取る父親像

 病院で甲斐甲斐しく子供のお世話をしてくれた夫は、私が1週間ほどで退院すると、出先から帰宅するなり、表情一つ変えず言い放った。

「結構外に響いてるから子供を泣かせないで」

 子供は泣くものという概念を持っていたので、夫のこの一言にはまるで頭を撞木で打たれたかのようにショックを受けた。

 それから5ヶ月もの間、育児休暇を取った夫は育児の主導権を握り続けた。

 産後無理をしたせいか、息子が生後3ヶ月ほどになった頃に原因不明の全身の関節痛とバネ指の痛みに襲われたが、それでも特に生活は変わらなかった。

 当時の記憶はあやふやで、何をどう思ったなどの感情はほとんど覚えていないが、産休の明ける夫が「俺のパラダイスが終わってしまう」と口にした時だけは絶望したことをよく覚えている。

 私にとっては5ヶ月間が地獄で、これから先は仕事という逃げ場を持ったパートナーが、癒しを求めて帰宅する日々がやって来るのだ。

 私は、出口の見えないトンネルに迷い込んでしまった。

 

第6感

 あれから6年。

 おそらく私は、あの時『この子は何かがおかしい』と直感で感じ取って、これからやって来る未来に強い不安を覚えたのだろう。

 6年も経った今になってそのように思うのは、息子が検査を受けて診断名が出たからではない。

 息子を産んですぐ、まだ入院して病院にいる内から〈自閉症〉というキーワードで検索を続けていたからだ。

 退院してしばらく経った頃に、勇気を出して夫に「この子、ちょっとおかしいと思う」と訴えかけたのだが、大丈夫と返ってきた以外は、いつ頃だったのかも、それから何を話したかも記憶にない。

 だけど、それから幾度となく息子への違和感について訴えかけたこと、根拠のない理由で聞く耳を持って貰えなかったことは、嫌でも思い出すし、おそらく一生忘れないだろう。

 劣等感から来る悩みは大丈夫で方が付くかもしれないが、実際に目で見た事実に基づいて抱いた疑問は大丈夫では答えにならないのだ。

 

子供の身の回りことだけをする育児

 話は戻るが、私が出産した当時イクメンという言葉が流行っていた。

 夫はというと、私が洗濯物を干していて息子が泣けば、夫がすぐに抱いて泣き止ませ、私が洗い物をしていれば、夫が抱いて泣き止ませる。

 外出すれば、夫がベビーカーを押し、エルゴで息子を抱いて歩き、息子が腹を空かせればミルクを与える。

 外堀にいる他所様から見れば、率先して子育てに参加する立派な〈イクメン〉というやつだ。

 家に帰れば家事や名前のない雑務は全て私がやっているのだが、他所様からしてみれば見えない部分はどうでも良いし、パートナーである夫にとってもどうでも良いもので、息子の発達を含めて細かいところを気にしているのは私だけ。

 私がイクメンという言葉を忌み嫌うのは、ここからである。

 

見ようとしない親

・足をバタバタしながらミルクを飲む

・抱くと仰け反るのでエルゴが手放せない

・つかまり立ちを始めるのが早い

・目が合わない

・後追いしないわけではないが、親への関心が薄い

 夫が育休中の5ヶ月間、ザッと挙げただけでも息子はこれだけの行動特性があった。

 今思えばだが、我が子をよく観察して、他所の子を観察して比較していたら、これらのことは気になって当然のことである。

 比較して気になったところがあれば調べたり、育児経験者から話を聞いて、多少なり疑問視した部分をよくよく観察して答を求めて右往左往するはずだ。

 それで更に悩んで頭を抱えたり、安堵したりを繰り返しているのが世のお母さん達で、そのために育児相談の窓口があるわけだ。

 であるにも関わらず、私が抱いた違和感を確かめようともせず、夫がただの劣等感だと判断したのは、実際には夫が息子の観察をしていなかったからだろう。

 生まれたばかりの息子の世話こそしたが、ベビーカーは対面ではないし、エルゴで抱いて歩けば目線は進行方向を向いているし、ミルクを与えている間はスマホでゲームをしていた。

 息子と向かい合って観察しているつもりで、実際には同じ部屋にいて事務処理していただけだとしたら、息子と夫を客観的に見れていたのは私だけということになる。

 子供をまともに観察しているのは私だけで、悩んでいるのも私だけ、育児をしながら家事や雑務をこなし、これから夫が仕事に復帰すれば、1日を終えた安堵感いっぱいに帰宅するのだ。

 当時の不安は予感ではなく、私は確実にやってくる未来を予期して不安を感じていたのだろう。

 言うまでもないが、夫が育休を明けてからの生活は地獄だった。

 

仕事が逃げ場になる

 父親であるにも関わらず、我が子の話に聞く耳を持たない人間がどうなるかというと、外に目を向けてしまう。

 夫の場合は仕事だった。

 夫は仕事から帰ってくると、楽しそうに毎日ああでもないこうでもないと仕事の話をし、布団に横になっては愚痴をこぼし、私にマッサージをするようにねだった。

 当時は、よほど疲れているのだろうと労ったが、息子がASDと診断されてようやく、夫が自分の感情を言語化できない人なのだと気付いた。

 時にはそれが1時間にも及ぶこともあったが、それでも苦に感じなかったのは、比較ならないほど育児が辛かったのかもしれない。

 マッサージと寝る前のお話を子守唄に、夫は寝落ちする。

 密室育児をして、ようやく帰ってきた夫は仕事の話。

 息子と夫が寝静まった真っ暗な部屋は、睡眠よりも冷静に考える集中力を高め、ぶり返した不安や違和感や、劣等感を鎮めるための情報収集に使われた。

 まさか夫も自分が仕事で評価され、同僚や部下から慕われるのが羨ましくて、嫁が劣等感を抱くようになるとは想像もしなかっただろう。

 その点については申し訳なく思う。

 

的中

 一歳を過ぎても喃語ばかりで発語がほとんどなく、目が合いにくい。

 親の存在こそ気にするものの執着がない。

 要求も指差しでしない。

 なのに複雑な道順などを覚える記憶力は良い——。

 発達の遅れや特性由来の違和感は、発達が追いついては遅れ、おかしな挙動が消えては戻り、できることが増えてはできないことが増え、私を苦しめた。

 苦しみながらでも、どうにかやり過ごしてやって来たけれど、やっぱり一歳半検診で発語と指差し、手繋ぎができないことが引っ掛かり、悲しみと絶望感で打ちひしがれた。

 それと同時に予期していた心配事が予定通りにやって来たことで、『やっぱりか』とこれからのことに覚悟を決めなければならなかった。

 認めたくない気持ちと、絶対そうに違いないという確信とでないまぜにになり、とうとう私はノイローゼになった。

 それでも育児から、我が子からは、逃げられないのだから、あの時は私なりに頑張ってやってきたように思う。

 

根拠なき『大丈夫』は、責任を取ろうとしない人間の専売特許

 夫に訴えても、返ってくるのは『大丈夫』『考えすぎ』という言葉だけ。

 何が大丈夫なのか、現状とこれから先の未来を考えているのか、大丈夫と言う根拠は何なのか、こちらが聞く前に会話を終わらせる。

 しかし、救いがないわけではなかった。

 息子は記憶力と空間認識能力が高く、偏りこそあるが賢いのだ。

 ——こんなに賢いのに何で検診で見てくれないの?

 ——こんなに賢いから夫は息子のおかしなところを見ようとしないの?

 救いがあるからこそ、屈辱感と怒りで腑が煮え繰り返って、数日間泣いて過ごした。

 しばらく泣いて、我に返った。

 ——こんなに賢いんだから、指摘されたことも頑張ったらできるようになるんじゃない?

 気付いてからの私は、日頃の腰の重さからは考えられないほどの早さで行動を起こした。

 息子のためというより、自分の劣等感に火が付いて『打ち勝ちたい』と思ったのが正解だろう。

 もしかしたら、私の中の満たされない承認欲求からだったのかもしれない。

 それでも息子に関わることで感じた屈辱感は、私自身のことだけに感じた屈辱感よりも気持ちを強く突き動かせたのだから、ダメな私でも親として責務を果たしていると感じた。

 

いざ行動

 まず、ベビーカーを使うのを止めた。

 ベビーカーに乗せて移動している限り、息子の様子をまともに見れなくなるからだ。

 エルゴも自分のリュックに入れておいて、寝た時だけに使った。

 手を繋げないのならと、ハーネス付きのリュックを息子に背負わせ、息子のハーネスを自分のボトムスのベルトフープに通し、手が離れても自分から離れないように固定。

 息子が何をしてもすぐに反応できるよう、サイドにポケットのあるリュック背負い、片方にスマホ、もう片方に水、ウエストポーチにお財布と手口拭きと消毒用アルコールを入れて斜め掛けして、ハンカチはズボンのポケットに入れる。

 その状態で公共機関を利用して、玩具屋さんを始め様々な施設に遊びに行き、そこではハーネスを外して呼ばれたら止まる練習をした。

 近所の公園は、他の子と比較してしまうから足が遠のいたけど、それでも十分私達親子には良い気分転換を兼ねたトレーニングになった。

 後からになって分かることだけど、自閉度の低い息子は賢いことも相まってできないことをカバーできてしまい、福祉の相談機関や小児科医のチェックを掻い潜ってしまう結果となって、毎回親が指摘される度に苦しむことになる。

(……のだが、今となっては笑い話。でも入園進級入学と新年度になる度にやって来るので、毎年春はしんどい思いをしている)

 

任意相談

 トレーニングの甲斐があったのか、1歳半検診から半年後の児童心理士のチェックは経過観察ということになった。

 「遅れはあるが、本人なりに頑張っている」

 言葉は柔らかいが、要観察であることは変わらない。

 こちらとしては早く答が欲しいのにも関わらず、親として2年息子を見てきて『おかしい』と感じるにも関わらず、どっちともつかないことを言われて様子を見ておけと言われるのだ。

 なんと酷なことだろう。

 苦労してトレーニングを行っても、生活の中で息子に対してしっくりこないような引っ掛かりを拭うことはできず、不安は強まる一方なのに、それをただただ観察しておけと言うのか。

「お母さんは専門機関を受診したいかもしれないが、息子君の様子を見る限りでは検査を受けることはできない」

「受診するにしても、歳が上の子の方が優先だから早くて半年先になる」

 食い下がって不安を訴えかけても、このように返ってくるのだから、目の前が真っ暗になったような気持ちに襲われた。

 

経過観察は『問題ない』という回答ではない

 児童心理士から得た回答を聞いて夫は言う。

「だから大丈夫だって言ってるじゃん」

 問題がないとは言われていないけれど、彼はそのように受け取ったらしい。

 モヤモヤする気持ちを抑えて洗い物をする私の背後で、ひっくり返ったプラレールの車輪が空回りする。

 プラレールを指差し、息子に向かって「止めて」と呼びかけても、顔をキョトンさせたかと思ったらまた遊びを再開する。

 仕上げ磨きをすれば、何度教えても思いっきり指を噛む。

 公園で遊ばせれば、あちこちに関心が移って落ち着かない。

——2歳も過ぎたというのに。やっぱり息子はおかしいのでは。

 加速し続ける違和感でどんどん追い詰められた。

 いよいよ追い詰められて育児相談に電話すれば、

『お母さん疲れてるのよ』

『息抜きをしなさい』

 福祉で子供の様子を見て貰えば、

『経過を見ましょう』

 今の気持ちを誤魔化すことは教えてくれても、今感じる気持ちの答えを出すことを、誰も助けてくれない。

 どう考えたって偏ってておかしいのに、誰も彼もが聞き流す。

 どうして、発達検査を受けさせてくれないのか。

 

ようやくたどり着いた答

 ここまでの時期は、1歳〜入園した4歳あたりまでのこと。

 ここから入園して保育士の先生から指摘が入り続けたこと、他所の子のとの差を直視したこともあり、息子は発達障害児に違いないだろうと確信を持つことになる。

 それから年中になって、ようやく5歳児発達相談で会話の上滑りを指摘されるのだが、そこでも専門機関を紹介されなかったので、この時点ではグレー児扱いだったのだろう。

 いよいよブチギレた私は、直接専門機関へ電話した。

 なんのことはない。紹介状がないので半年先ではあったが、いとも簡単に発達検査と受診の予約をすることができた。

 結果は、知的な遅れのない自閉度の低いASD、所謂アスペルガーだった。

 産後すぐから検索し続けたキーワード〈自閉症

 私の直感や違和感は正しかったのだ。

 

失ったもの、得られた宝物

 二人で育児をしていたはずが、いつの間にか私は一人で、子供を相手に怒鳴りつける私を見て、育児から目を背けてしまうほど夫も孤独だったのだろう。

「お前が怒鳴っているのを見ると胃が痛くなる」

 夫が身を切るような思いで放っただろう一言は、私の胸を深く抉った。

 毎日が辛くて、屈辱感に押し潰されそうな日々の中で、私の心の支えは育児相談と夫だけだった。

 育児に追い詰められ、夫に愚痴をこぼし軽くあしらわれた翌日は育児相談に電話をし、育児相談で気持ちが晴れなければまた夫に愚痴をこぼし、晴れない心のまま育児をしてはまた追い詰められる。

 夫としても辛いだろう。

 彼からすれば、〈仕事で疲れて帰宅すれば、毎日毎日愚痴をこぼしては子供にヒステリーを起こす同居人〉なのだから。

 当時、息子2歳。

 離婚を突きつけられた時は、さすがに泣いたし、気持ちを整理するために育児日記とは別に何冊も日記を書いた。

 年中で受けた検査で息子にASDの診断が下りてようやく和解したが、翌年には離婚した。

「あなたのおかげで良い子に育ってる」

 離婚して元が付いた夫からそんなメッセージを受け取る頃には、息子はポジティブで親に愛されている自信に満ち溢れた子になっていた。

 これは私の努力によるものではなくて、息子の持ち合わせた性格によるものだと思う。

 ここに至るまで嬉しいことよりも辛いことの方が多かったけど、今となっては息子を育てるのを楽しいと感じる。

 

欠けたピース

 今思えばだが、親になった当時の私達にはたくさんの物が欠けていたように思う。

 それと、不安があっても立ち向かえるほどのバックボーンがなかったことも、より不安を掻き立てた原因だったのだろう。

 例えば、両親になる覚悟だとか、金銭的精神的な余裕だとか、親族からのサポートだとか。

 そういうものが一切合切欠けていた。

 それが原因で育児が辛い時もたくさんあったけれど、日々の生活の中で補えるものはたくさんあったし、成り代わるものもたくさんあって、どうにかできた。

 でもダメだった。

 私達には、一番大切なはずの〈パートナーを理解していこうとする前向きな気持ち〉が欠けていたのだ。

 私と彼に欠けていたピースは、途中で失ったのか、それとも最初から持っていなかったは分からない。

 欠けたピースをこれから見つけることはできないし、どこかで見つけたとしても私達には合わないだろう。

 私と息子は、息子が生まれたその日からいくつものピースを集めて、新しいパズルを作り続けている。

 ピースを集める道には、夫も、パパもいない。

 寂しくも感じるけれど、補えるものはたくさんある。

 今までもそうしてやってきたし、これからもそのようにやっていく。

 楽しいことばかりではないけれど、最後は笑顔で終わることのできるパズルをたくさん作るつもりだ。

突然の目覚め

 不精にもほどがある。

 何がというと、最早言わずもがなではあるが、サボりにサボりまくって数記事しかUPしていないこのブログの更新のことだ。

 しかし、そうは言っても私だって何も考えていなかったわけではない。

『なぜ記事を更新できないのだろう』と漠然と考えながら、それと並行して『頭では考えているのに一向に気が進まないのはなぜだろうか』とうんざりはしてはいたのだ。

 ただ、私という人間は考えている時間が長ければ長いほどやる気を失い、最終的に開き直ってスマホを片手にゴロ寝を決める、典型的な先送り人間なので、こうなってしまうのは致し方ないし、こうなることも予測済。

 

 予測済みだからといって特別打つような手はないのだが、昨日読書をしていたところ、突然降って湧いた閃きでこれまでの自分の過ちに気付いてしまった。

『ためになるブログにしようとしてないか?』

 恥ずかしい。とても恥ずかしい。

 気付いてしまった今、むしろ気付かない方が幸せだったかもしれないと思ってしまうほどに恥ずかしい。

 そもそも、多少は文章を書くことが好きではあるが、アルファブロガーになれるような文才は私にはない。

 じゃあ何のためにブログを立ち上げたかというと、息子の発達で悩んだ時期に書き連ねた【振り返り日記】を整理したかったからだ。

(その振り返り日記で、あわよくばアフィリエイト収入を得てやろうなんてことは考えていたけれど)

 

 何を勘違いしていたのだろうか。

 確かにこれまで趣味で小説を書いたり、ブログで日記を書いたりしてきたが、一度だって人のためになるようなことは書いたことがない。

 何かに怒り、苛立ち、頭の中に湧き上がる衝動を抑えられない時、それを文章にして最後にオチを付けることで消化してきたはずだ。

 そりゃ突然、『私が経験したことを皆様にお伝えしたい』なんてことを考えてたら、筆が進まないのも致し方ない。

 

 よくよく考えてみれば、子供を産んでからというもの、定期的に『誰かの役に立ちたい』という気持ちが湧き上がっているような気がする。

 そうだ。それで思い付いた勢いで事をやり始めては、途中で疲れて尻すぼみしているじゃないか。

 えっ、こわ……。自分こわ……。

 そもそものび太的な生き方で生活してるんだから、誰かの役に立つより先に自分のことちゃんとしないとダメでしょうよ。

 

 それより何より怖いのが、これに気付いたのが育児本を読んでいる時ではなく、東野圭吾の小説を読んでいる時だったことだ。

 私の場合は子供のことだったが、何か一つのことに悩みが偏っていると、日常の何気ない情報もどんどん偏ってしまうのかもしれない。

 例えば、Twitterなどで子供にワクチンを摂取させないお母さんなども、本当は何かしらに悩みがあって、色々調べているうちに意図せず浮世離れしてしまったのもしれない。

 

 などと深刻に考えている私に、息子が呼びかける。

「お母さん、うんち出た〜!」

 もう6歳やぞ。自分の尻くらい拭け。

地獄の入学準備、息子の就学で煮湯を飲まされる私

久々の投稿🥺

 

一年以上のブランクが空いた期間、記事にしたいことがなかったのかというと、話したいことも記録に残したいことも山ほどあったし、記事を作成する時間もたんまりあったんですよ。

……にもかかわらず何をしていたのかというと、6月辺りから長い長い鬱に入ってしまい、息子を死なせずに園に通わせるだけで精一杯。

 

しかしまぁそんなこんなあったけれども、何とか息子を卒園させることができた。

親がゴミでも子は育つんだなぁとしみじみ。

いやー、めでたいめでたい。

 

なんて感傷に浸る暇もなく半月も経たないうちに就学するわけだけれども、まぁー金が掛かる。

ビビるビビる。入学めっちゃ金かかる。

制服も基準服もない、数学セットなどの膨大な教材もない、であるにもかかわらずえらい額の金が出ていく。

誰しも結構な額のお金が出ていくとうんざりするものだけど、私も例に漏れずうんざり。

幸いなことに鬱は卒園式でMAXの状態で、以降は季節柄例年通り緩和したため、入学式には晴々とした気持ちで参列することができた。

 

そうなると、いよいよ行動的になってあれもこれもやりたい気持ちが湧くのは当然のこと。

やりたいことはごまんとある。

しかし、まず居住スペースを何とかせにゃならんレベルなのである。

そう、私は片付けられない女。火災探知機の点検は急に来ないで。

(水回りの掃除と洗濯だけは習慣的にできることだけが救い)

おまけに双極性障害なんてもんを長らく患ってると、鬱が明けたと一気にあれもこれもとやるととんでもない反動がやってくるのを知っているもんだから、意識してぐうたらする必要がある。

これが思いの外、結構なジレンマなのだ。

やりたいことはたくさんあるのにすぐにできない、予定に振り回されて更にできないことが溜まる、部屋が散らかる、体調の良い時に片付ける……。

やりたいことは一体いつやるのかと、スマホTwitterを見ながら自分の心に問いかけても、私の心は私に正直なもので、

「できる時にやって、できなかったらやらんかったらええ」

その通りだ、と納得してまたスマホを片手にゴロゴロ。

 

実際のところは、入学してから本当に大変で、ずっとゴロゴロなんてしていられるわけもないし、ASD児を持つ親なりの悩みで精神的に追い詰められることも多く、通常級なんて無理でしょと泣いた日もあった。

自立を促す周辺環境作りだとか、投稿してからの作業フローをポップにして持たせたり、宿題や帰宅後の作業の見守り、園時代よりずっと早い時間の送り迎えが必要になって、怒ってはいけないのに怒ってしまう自分を責めたり、どうやって褒めたらあれもこれもできるようになるのだと脳内が息子関連のことでいっぱい。

 

やりたいことなんてできない完全にパンク状態。

おまけにバンバン金が出て行く。

元気なんて出るはずがない。

何にお金を使ったのかは、また別に記そうと思う。

 

子供の自立を創意工夫で何とかできるのは、健常でバイタリティに溢れてる人ができること。

私と息子のようなハンディ持ってる人間はお金を使う羽目になるんだなぁ。なっちゃうんだなぁ。

 

5歳児発達相談に行くぞ

※放置したまま忘れていた記事を更新しています※

話が前後していますが、

後日談はこちら→5歳児発達相談 - いくらコンテナ

 

 

保育園で毎月初に配布されるプリントに『5歳児発達相談』のお知らせが入っていた。

なんでも、こういうことだそうで。

基本的な生活習慣が確立し、社会性を身につける重要な時期です。お子さんの発達や行動が何となく気になる、育てにくい、と思われることがあれば、お子さん自身も困っているかもしれません。 それは、お子さんの個性かもしれませんが、発達の偏りの可能性もあります。

 

対象は4歳児及び5歳児の保護者。

まぁ、察するに3歳児検診が過ぎたら後は検診が無いからだろう。

 

とはいえ、正確には4歳・5歳と母子手帳には検診結果を記録する項目があるのだが、あくまで任意で受けてくださいというスタンスのものなので有料

病院によるとは思うけど、事前予約が必要で予算は大体2,000円ほど。

要するに、母子手帳は保護者のために記録するページを設けていると思われる。

 

でも変だよね。

検診でグレー判定受けた子が、発達障害だとハッキリ分かるのが3歳を過ぎてからといわれているのに、その3歳以降の任意検診が一度だけなんて。

 

 

大半が定型発達という体で国が負担を減らしたいのもあるだろうけど、まぁ4歳ともなるとママさん達も子育てに慣れて来ちゃってるから、子の発達に心配事が無けりゃただの面倒なイベントだもんね。

私だって何も考えることが無けりゃ行きたくないもんw

 

そもそも1歳児検診も2歳児検診も任意だけど、なんせ1歳半検診があるから受診率は低いらしい。

そりゃー無料ならまだしも、ただでさえ金のかかる時期に前後でそれぞれ金を払ってまでとは思うだろうなぁ。

検診なんてただでさえしんどいイベントなのに、上の子がいてまだ園に入ってなかったり、年子だったりしたら拷問でしかない。

 

うちは1歳半検診で言葉の指摘を受けたし、2歳前になったら保健士から

「言葉が遅いなら、言葉の相談窓口を予約してよね」

とじゃんじゃか電話が掛かってたもんで、やかましいそれならその窓口とやらも2歳児検診も予約したるわ!とブチ切れして予約するに至った。

(結局その相談とやらも、2歳児検診を受けるなら無理して予約しなくても良いだのなんだの、この保健士とは前後で一悶着あった)

まぁ、3歳児検診まで期間が空くので元々2歳児検診は受けておくつもりではあったが、この一悶着のせいでノイローゼになって散々な目に遭った。

保健士との相性、大事。

 

 

それはさておき、タイミングは地域によって異なるかもしれないけど、私が住む地域の3歳児検診は大体3歳半あたりだった。

おそらくは、発達障害か或いは定型発達かをここでふるいに掛けるのだろう。

そこで1歳半検診で引っ掛った息子だが、なぜか全く引っ掛けることなくクリア。

確かに難しいであろう自宅での視覚検査・聴覚検査を難なくクリアしたが、この時点でも色々相当怪しかったので引っ掛からなかったことが未だに不思議で仕方ない。

  • 謎言語混じり
  • 会話が一方通行
  • 質問内容を理解できないとオウム返し
  • 自分の物と他人の物の区別がつかない
  • じっと座っていられない

などなど不安しか無かったのだが、

「マイペースではあるが、現段階では確定事項となるものが見当たらない」

ということで経過観察となった。

 

 

今でも忘れられないのが、保護者面談でそれを報告した時の保育園の先生の顔w

訝しげな表情でゆっくりと首を傾げて「はぁ……」

いや分かるよ。すげー分かる。

私も最後の保健士さんとの面談ポカーンだったもんw

 

そんなだからか、3歳児検診とやらはどんなことをしてどんな様子なのかを根掘り葉掘りと聞かれた。

まぁ、保育士の先生からしたら子供が起きてる大半の時間を一緒に過ごすわけだし、いい加減なことをやられて健常でない子を放任されちゃそら困るだろう。

さぞかし大変でしょうなと検診について包み隠さず報告した。

身体測定だとか、歯科検診だとか。

目と耳の検査は家庭でするけど、それが結構難しいのに息子は難なくクリアしてたことだとか。

1歳半検診の時にはあったフロアのおもちゃが無かったことだとか、みんなで歌ってお遊戯をしたことだとか、察するにそれらは発達チェックだとか。

 

そういうことを報告しつつ、

「うちはズルしておもちゃを持ってった」

と平然と述べたわけだが、別に持ってくるなとは言われてないわけだから知ったことかという話。

例え私がそれで職員が発達チェックをするだろうとなんとなく察していても、責められる筋合いはないからな。

大体、待ち時間が長くて長丁場と分かっているのに持って行かないわけがなかろう。 

それを聞いた先生がやや引き気味で顔が強張っていたが、笑顔でその場をやり過ごした。

 

因みにおもちゃを持参したのは大成功。

ずっとおとなしくしていたとは言い難いが、母子共に待ち時間の苦痛は和らいだし、他所の子と遊んだり微笑ましい場面を見ることもできた。

余談だが、この一件があってから法事や役所など大人の用事に付き合わせる時は、ハッピーセットのおもちゃをリュックに入れて息子に背負わせて出掛けることにしている。

 

しかしまぁ、私が検診の話をそこそこにやり過ごしたとはいえ、先生からしたら息子がグレーでもなく普通に検診を終えたことは、納得致しかねる部分が相当あったのだろう。

面談中、オウム返しにしても指示が通り難いことにしても、指摘せずにはおられんといった様子だった。

 

分かる〜。

それは私も思うけど、クリアした以上は息子の立場になって返答するしかなく、

「他所の幼稚園の話を聞くと、入園したばかりの年少さんはみんな色々できないことが多いと聞きますし、ここは保育園だから早くから園生活してる子はうちの息子よりしっかりしてるかもしれないですね」

と精一杯のフォローを試みた。

そこで私の返答を聞いた先生、すぐさま訝しげな表情になるとゆっくりと首を傾げ、

 

「いやぁ……」

 

やだ……デジャヴ……。

さっきも見たぞそれ。あからさまに困ってるな。

あんたもそうか。私もだ。

 

いや、本当言わんとすることは分かるのよ。

◯◯は要る?と聞けば「◯◯は要るぅ?」

何してたの?と聞けば「何してたのー」

そこの□□取って〜と言ってもキョロキョロするだけで指示が通らない。

テレビの前から離れてと言っても、テレビは分かっても[テレビの前]という意味が理解できない。

私も通園させるまで毎日しんどかったもん。

ただ、これがどうも私が家で指導できてないことが原因だと思われてたらしく。

 

園のシステム上、登園下園で必ずしも担任と会えるわけではなく、むしろ会わないことの方が多いこともあって、まともに話したのが入園1ヶ月半経過したこの保護面談。

日々の細々としたことを園と連携ができてなかったことが、先生方の負担や保護者である私への不信感に繋がったのではないだろうか。

(この園のシステム自体がどうかとは思うが、人手不足な業界だから致し方ないと思われる)

 

例えばトイトレにしてもそうだけど、家でしっかりやってても登園下園の道のりで漏らしたら困るとオムツを穿かせていたり。

理由があってやってること、理由があって本人のペースに任せてること、経過を観察しながら促してること等、全部怠慢だと思われていたらしい。

 

……ということが分かったのは、年が明けてからの次の保護者面談だった。

 

実はそこに至るまで、先生から毎日のように指摘を受け続けていた。

ノイローゼ寸前だったこともあって、面談でこちらが伝えたいことを短時間にまとめられるとは思えず、どうしたものかと悩んだ末にテキストでまとめることにした。

息子の傾向だとか、趣向だとか、家庭での方針だとかを何日も掛けてパソコンで入力。

それをプリントして面談で渡したところ、

 

「ちゃんと(子供のことを)見てるんですね」

 

(゚Д゚)ハァ?

 

まぁ、先生にも色々あるんだろう。

後から保育士の親族に聞いたことだが、保護者から「いつになったらオムツが外れるんですか?」なんてなことを言われることもあるらしく。

子供のことを園に丸投げこ保護者もいるから、うちみたいにグレーの子の親がこうして誤解されて細かく指摘を受けることになるようだ。

 

どの本を読んでも書いてあることだけど、グレーの子や発達障害の子の遅れは決して親の責任ではない。

ないのだけれど、世の中色んな人がいるわけで。

できない、遅れてる、足を引っ張る、それが怠慢だと思われてしまうのは、実際に怠慢でそうなってる人がいる以上どうしてもとばっちりを受けてしまう。

そういう哀しい性なのかもしれないけれど……

 

正直、一緒にするなと言いたい。

 

私なんてADHDを自覚する前から、

「私は人よりドジだから、人の倍努力して、人の倍頑張らなきゃいけない」

と思い続けて社会人生活を続けたわけだよ。

しんどいことは全部人の倍やらなきゃいけないのに、それでもポカやる自分にどれだけ自己嫌悪して、どれだけ泣いてきたことか。

診断下りた時にホッとしたもん。

あー、これ全部障害だったんだって腑に落ちた。

 

もとい、そもそも我々みたいな人間はマイペースなのんびり屋さんだから周りに遅れを取っているわけで、意図して周りに遅れを取っているわけではない。

(よっぽど嫌なことは、後で大惨事になることが分かってても先送りにしたりするけどな!)

しかも、ただでさえ遅れているのに不器用でなかなか習得し辛いからますます遅れるわけだ。

同時進行のタスク処理も上手くできないし、段取りも下手となれば、年齢を重ねる毎に同年代の子と差が出る。

遅れていることを自覚してしまうと焦ってやっぱり失敗するし、それが重なると自己肯定感が下がって上手くできないという自己暗示に掛かってしまってまた失敗を重ねる負のループにハマってしまう。

 

そういう苦悩を分かっているから、発達障害の親は子に同じ思いをさせたくない一心で、ノイローゼになりながら必死で子と向き合って生活してるんだよね。

 

なんせ子に合った工夫が必要になるし、どんなやり方が子に合っているかも分からない。

指示を絵に描いたり、洋服に右左裏表に目印を付けたりとあれこれ視覚化するなど人より工夫をしても、やっぱり相手は子供だから興味がなけりゃやっちゃくれない。

試行錯誤で色々やって、やっぱり合ってなかったから元に戻すなんてザラ。

どんなに苦労しても水の泡なんてことは何度もあった。

 

でも結局のところ私は、

子供の遅れを受け入れて、それを容認して、信じてあげるしかない

という結論に至った。

 

子供のことを大好きでいればいいよねってスタンス。

ペース配分を合わせたり、視覚化だったり、その子に合った色んなやり方があると思うけど、一番は焦りとか、努力とか、配慮とかそういうものではなくて、愛情なんだなと。

簡単に言ったけど、決して簡単に至った結論ではなくて、血を吐くよう思いをして得た答えなので誤解のなきよう。

 

ノイローゼ寸前まで行ったけど、相性の良い育児本に出会ったり、小児科の主治医、自分の主治医に相談して息子に対しての見守り方が分かって今に至っている。

 

 

……というとこまで記事にして放置しているのを本日発見した。

 

公開しないまま現在に至った経緯はおそらく、あれもこれも引き合いに出してごっちゃになったのだろう。

今それを必死でまとめているところだけど、面倒になったのでここで終わりにする。

これこそがADHD

 

そういうことで5歳児発達相談に行くから!

 

行った話はこちら→5歳児発達相談 - いくらコンテナ

 

こども療育センターに行ってきた

随分と前に任意の五歳児発達相談に行ってきたことを記事にしたんだけど、今日はそれからの話。

 

高圧的な療法士による圧迫面接状態の簡易テストを受け、息子が珍しくガチガチに緊張してしまったことや、

  • もっと運動をしましょう
  • 外で身体を動かしましょう
  • それでもお母さんが言うなら、と子供はやる気を出すものです

 などと高圧的に申し付けられて、私は相当気分を害したわけだけれども。

やっぱり相手はプロなので、

  • 平均台や細い線の上を真っ直ぐ歩かせましょう(バランス感覚を養うことで、脳内イメージが繋がりやすくなる)

 この辺のことについては気になってしまって毎日モヤモヤ。

とはいえ、息子も気分屋で反復練習はやる気を見い出せずに逃げ出しちゃうし、だからといって放置するわけにもいかず。

 

「もっと練習の質を上げてください」

 

なんて言われちゃーこれまでやってきた<できた時にべた褒め>だったり、やる気がある時にサラッと2~3回やらせるとかじゃダメってことだし、完全に思考停止状態になってしまっていた。

おまけに翌7月にもなれば猛暑がやってきて、公園だのケンケンだの言ってられなくなっちゃって今生きて行くだけで精一杯。

 

そんなこんなやってたらあっという間に月日が経ち、事前相談を予約していた8月がやってきてしまったのである。

 

予約したこの日は本当に日差しが強くて、汗はおろか身体が干からびてしまうのではないかと思うほどの暑さだった。

しかし、外がカンカン照りだろうがなんだろうが予約してしまったからには行かなきゃ仕方がないので、物理的に重い体をよいせよいせと奮い立たせて療育センターへ向かった。

 

暑さにヒーヒー言いながら施設内に入り(ちゃんと時間には間に合いました)、

  • 母子手帳
  • 担任に依頼した幼稚園または保育園での記録

受付でこの2点を提示すると、診察前の問診票よろしくクリップボードに挟まれた用紙を渡される。

はいはいわかりましたと汗だくでチェック項目に○×で回答したり、子供の気になる点などをあれやこれや記入。

今となっちゃー何を書いたか全く覚えてない。

それを受付に渡すと、しばらく待って呼び出され案内された個室へ。

 

ここからは保健士さんと私でやり取り。

その間は、もう一人の保健士さんが子供の相手になって遊んでくれるので安心して話をすることができる。

 

で、何話したかっていうと覚えてないw 案の定ポンコツだな

 

だって同じ話を色んな人にしなきゃいけないんだもん。

都度都度何か変わったって覚えられるわけがない。

  • 手先が不器用
  • ケンケンができない
  • 会話が噛み合わない
  • 趣味に偏りがある
  • 落ち着きがないので目が離せない
  • 多動や会話の上滑りなどを発達相談で指摘を受けた

どこに行っても概ねこの話をしてるw

なので間違いなくここでもそのように話したのだろう(自分のことなのに憶測で話す)

 

これ何で覚えてないかっていうと、担当してもらった保健士さんが最高に聞き上手で、話を仕切るのがめちゃくちゃ上手だったんだわ。

 

私みたいな特性持ちは話に余計なエピソードを盛り込んでしまって、びっくりするほど話が長くなってしまうし、話し終わるとすっかり疲れてしまうんだよね。

だけど今回担当して頂いた方はそれが全くなかった。

なんだか気分良く話して清々しく帰ったもんだから、息子遊ばせて帰宅してあれこれ家事をして座ったときには

 

「えっとぉ、何を話したっけぇ。保育園の先生に何を言えば良いんだっけぇ(^o^)」

 

すっかり頭がバカになってた(いつも)

しかしまー、行くまでは緊張したけど行ってみたら気分良く話を聞いてもらってスッキリした。

区役所の保健士さんと違って、やっぱり専門機関に所属している保健士さんは違うなぁという印象。

相性もあるかもしれないけれど、他の相談員とは別格クラスの優秀な方だった。

あれこれ悩んだり検査がどうの考えるより、不安になった時点で面談の予約をするべきだったな。

診察や検査までは時間が掛かるけど、発達についての相談だけなら区役所より専門機関の方が絶対に良いなと実感した。

 

 

ただ、相談するにしてもちょっと何点か注意すべきことがある。

 

  • 母子手帳の記録はしっかり見られるよ
  • 相談漏れがないよう、育児で気になった点を記録して持参してね
  • メモは間に合わないので諦めて

 

母子手帳のわずかな空きスペースにギッチリ記録を残しておいた自分、グッジョブ。

育児日記に至っては、あれこれ書きすぎてノートがバラバラだし、あれこれとっ散らかってるけど、大丈夫、伝わったもん。

ADHDで育児をしている同志よ、頑張れ

 

子供の発達に気がかりな点があると、ただでさえ日常生活に苦労が多いのに、こまめに記録を残さなきゃいけないなんてね。

でも、それが子供と自分を守るためのものだもんね。

これからも頑張るぞい。

 

オカンが言う「要らんことするな」の真意とは

こんにちは。

いやー、雨が続くなぁ😫

3月辺りから続く無気力も未だに継続中なのに、こう雨が続くとますます倦怠感が募る一方。

そんなだからなのかADHDの特性故なのか、お片付けをする気が起こらず、床に物がある率が右肩上がりに上昇している。

そんな中、先日かなりでかいゴキブリが出現して天袋に立て籠り、現在進行系でド修羅場。

よい大人なのにドラッグストアで半べそかきながらゴキブリ撃退アイテムを買い揃えたけど、未だに駆除できておらず、まだくん煙剤も焚いていない。

 

どうしよう(´;ω;`)

 

それはさておき。(さておきたくないけど)

今日は友人が夫婦が街中に出掛けた時の話をしたいと思う。

 

ある日、彼等が街中で歩いていると、その反対側から小学生くらいの男児とその母親と思わしき女性が歩いてきたそうだ。

そしてしばらく歩いていると、突然男児がふざけて手足をジタバタさせて歩きだし、それを見た母親が「もう! 要らんことしないで」と呆れるように言葉を放ったのだとか。

その一部始終を見て、与太話として私に話をしたというわけだ。

友人はそこで、同じ同性の母親ではなく男児側に気持ちが傾いたらしい。

「彼(男児)にとっては必要なんだろうね、って旦那と話してたんだ」と淋しげに呟いた。

 

しかし、男児で多動の子(検査予定グレーゾーン)を持つ親の私から言わせたら、母親側の気持ちは痛いほど分かるのだ。

いや、友人夫婦が間違ってるとは言わない。

むしろ、正解だと思う。

確かに男児にとってはその楽しいおふざけが必要だからやっているのであって、楽しくなければ不要と判断して無理してまでやろうとは思うまい。

母親側の私の立場から見ても、楽しくて人に迷惑を掛けなければ多少奇行でも好きにせいという気持ちだ。

ただ、この子供のように自分の保護下に置いている生き物に対しての優しく見守る気持ちで接する前提として、自分の気持ちに余裕がなければならない。

そこに至るまでのエピソードが、何のトラブルもない、平和で、微笑ましいものであることが必要なのだ。

 

例えば、部下が仕事をサボって遅れを出したとしよう。

ただでさえ失敗が多く日頃から手が掛かる部下なので、収集が付かなくてフォローが必要になった。

自分の仕事で手一杯だが、それでもかわいい部下のため、額に汗を滲ませながら、或いはブツクサ文句を言いつつも、あなたはなんだかんだ最後までフォローをするのだ。

 

そんな修羅場を乗り越え、ようやく落ち着きを取り戻した矢先に、鼻歌交じりにスキップをしている部下を見掛けるとしよう。

あなたは「コイツにはこれが必要なんだな」と微笑ましく見守れるだろうか。

おまけにその部下が隣にやってきて、陽気に小躍りまで始めたらどうだろうか。

あなたはまだお茶を一服することすらできていない。

それでも「コイツにこれが必要なんだな」と思えるだろうか。

 

部下の評価はあなたの評価にも繋がる。

失敗しないだろうか、サボりはしないだろうか、大丈夫だろうかと部下が退勤するまで見守り、失敗や遅れがあればフォローをし、タイミングを逃さず褒めて伸ばしてやらねばならない。

それが部下を管理下に置くということだ。

一日最低8時間、そうやって見守っていかなければならない。

更に今日は、その部下が失敗してフォローに追われていたわけだ。

そいつが悪びれもせず、あろうことか鼻歌交じりにスキップで横にやってきて陽気に小躍りまでしている。

なんなら仕事はまだある。

 

ここで「要らんことせんでええから、やるべきことちゃんとやってくれや」と思わない人間がいるだろうか。

逆に言うと、やるべきことをやってさえいれば要らんことをしても良いのだけれど、そのやるべきことができていないから問題なのだ。

 

話を男児に戻すと、おそらく男児は〈母親がやって欲しいこと、やるべき必要なことをやっていない〉。

ふざけて要らんことをする余裕があるならちゃんとやるべきことをせえよと、そういう話なのだ。

母親が「要らんことするな」発言に至った理由は、友人が見掛けた場面より前の男児の行動に問題があったのではないか————というのが私の考え。

 

仕事が終われば部下とは離れるが、これが自分の子となると下手すりゃ寝ても一緒にいるわけだ。

例えそれが男児にとって楽しいことであっても、付き合っとれんわという気持ちになって当然なのだ。